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よみかき勘定

読んだり見たり行ったり来たりしたことを綴ります

【読書】脱貧困の経済学|飯田泰之+雨宮処凛

このところ「貧困」をキーワードに何冊か読んでいるので、そのうち1冊。

 2009年と2011年、震災前・後に経済学者の飯田泰之氏と反貧困ネットワーク雨宮処凛氏による対談形式で、貧困が起こる経済状況をワープアプレカリアートの視点から見る、というものですが読んでて腹が立った、というか、呆れてしまった。

 

脱貧困の経済学 (ちくま文庫)

脱貧困の経済学 (ちくま文庫)

 

 

だって、すげえ要求。

プレカリアートが企業、国に求めるものとして

 

1. 最低賃金は時給2000円にしろ!

2. 派遣切りをする前に、内部留保を取り崩すか、経営陣が減給しろ!

3. 派遣の使い捨てをやめろ!

4. 低収入・無収入者に住宅援助をしろ!

5. 生活保護の「水際作戦」をやめろ!

6. 結婚・子育てしたい人ができる社会に!

7. ベーシック・インカムを月15万円よこせ!

8. 全員分の仕事って、ほんとうにあるのか?

 

だそうです。開いた口がふさがらん。 

2009年で「ワープア」が話題になったあたりで書籍化されているものなので、この内容も6年前と考えると、また世情も世間の見方も変わってきているので受け入れられ方も違うかもしれない。

 

なのだが、

実際に派遣で働いてる人、派遣で登録する人がアカン

というのを体験してしまったため、どんだけ夢見がちなんだ、と思わずにはおられません。この書籍に登場してくるような、工場での派遣や低賃金での労働を受け入れている労働者とはまた差が出てくるかもしれませんが、実際に私の体験した派遣社員

NPO等の就労支援施設で住居を提供する場所に居住

・面接用のスーツも持ってなくて派遣会社の担当者と一緒に買いに行く(その金派遣会社持ち)

・仕事初日の研修で、ついていけなくて1日目でトンズラ

・居住元の就労支援施設にも戻らず

・よくよく聞いたら東京とか大阪とか転々としてた

・多分他の仕事にもついていけず毎回逃げてる。そしてワープア

というものでした。

企業は現在、派遣社員というのは派遣先での面接からの採用合否を出すことが禁じられているので、プロフィールを見て受け入れるしかない状況。賞罰自体も把握できない上で派遣社員を受け入れるって、結構ハードル高いと思うのですが、そこは派遣会社の質と信用度を受け入れるしかないけれど、結局派遣に流れて登録している人は派遣でないと働けない何か事情を持っていたりします

彼らは常に流転していて、職業を持って自ら生計を立てる、という考えができないという点ですでに破綻しているのではないかと。そんな人たちに段取りのいる仕事や判断を任せるような仕事ができないのは当然と言えば当然で、最終的には単純作業の仕事がメインになってしまう、という図式が浮かび上がりました。

ということは、いつか機械や外国人労働者などに取って代わられる存在であり、上記のような要求を国、企業にするよりもプレカリアートを支援する層が、彼らを働かせるコミュニティなり企業を建てるほうがよっぽど健全なんじゃないかと考えるのですよ。

でも彼らは「要求」することだけしかしない。なぜか。

貧困に関するルポなどで分かった、貧困層に共通する条件

(1) 全てにおいて受け身

(2) 政治や企業のせいにするが制度の利用はしない

(3) 状況を改善しない(できない)

(4) 家庭が貧困であったり片親であったり、地方で賃金が低い層で育ち、知識が薄い

とくに(4)が曲者で、親の姿をみて育つ子供に、それ以外の世界を知る方法などないが故に「貧困が遺伝する」のだな、としみじみ感じてしまう。

 

だからこそ「貧困を止める」ために投資が必要なのだな、と理解しています。

business.nikkeibp.co.jp

 

特に、「その立場に近い」と自覚した上で「私たちはその中から努力した這い上がってきた」と自称する層は、その貧困に対して「自己責任」を発言しがちな印象があって、TwitterなどSNSやインターネットに触れる時間が長い、テレビなどを恒常的に見る、定時帰宅の正社員たちなど、発言する時間があって「給与は高くないけど他人の生活に茶々を入れる余裕がある」ため、年収差としては倍程度かもしれないけれども貧困層のすぐ近くにいるように思えてしまう。いわば「隣人に救いを求められない」のではないかとさえ思えてくるのです。

そんな救いのない彼らが、貧困から脱出するのに「救いを求められない」「教えを教示されない」状況にあるという図式がなんとなく眼に浮かんできます。

 

正直なところ、「働けない理由」は数多くあると思うけれど、貧困層には「手を差し伸べる」しかないのか。システムを作ることはできないのか。

 

対談をされている飯田さん、雨宮さんともに大学卒。その時点で、彼らの人生ともまた視点が違ってきているはずなのに、そこをあえて支援していくのにはどんな考えがあったのだろうと、思わずにはいられなくなりました。

 

このところ読む本読む本で、「貧困と貧乏はちがう」「ホームレスと貧乏はちがう」というのを眼にしているからか、なぜ貧困から貧乏へランクアップできないんだろう、とつい考えてしまう。

すでに、ランクアップという時点で差別なんだろうか。