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よみかき勘定

読んだり見たり行ったり来たりしたことを綴ります

「ダライ・ラマとの対話」上田紀行著

先日参加した株式会社エバ主催の「エバシンポジウム」にて、ステージの上が綾戸智恵さん、穂高養生園の福田さん、文化人類学者の上田紀行さん、そしてエバ会長、という4人がステージに上がっているのですが、このうち2人がダライ・ラマと直接語り合ったことがあるとのこと。ステージ上の1/2の確率。そりゃすごい。 

ダライ・ラマとの対話 (講談社文庫)

ダライ・ラマとの対話 (講談社文庫)

 

 

諸行無常を是とした日本での仏教徒五体投地で祈りをささげるチベット仏教という、大きい違いがあるという偏見を持っている自分に響いた言葉、

「仏教的思考」で語り合う日本人の精神状態とこころとは、

というのが気になって会場で「生きる意味」と一緒に購入にしました。

こちらの感想はまた別ページにありますので、よかったら。

 

yomikaki.hateblo.jp

この「ダライ・ラマとの対話」の中にも出てくる、日本の若者の物質主義と利己主義について2日目のテーマを語り合っているので、下敷きにまず読まれることをお勧めしまう。 

この本自体は、2007年に2日間にわたってダライ・ラマの居城であるダラムサラで行われたインタビューをまとめたもの。インタビュアーの上田紀行氏の著書、今回のインタビューの下敷きになる上記の「生きる意味」もふくめ、上田氏自身が仏教家たちの支援をしているということもあり、仏教的な内容が多く語られています。

 

本の中で印象的だったのは2点

 ・持つべき執着と持たざる執着

 ・日本人のアイデンティティと物質至上主義

上記について述べたいと思います。 

 

 ・持つべき執着と持たざる執着

 

先述の通り、上田氏が仏教家の支援をしているということもあって、仏教の教えについて語られる部分が多くありました。特に「執着」について。

仏教は持たざる教えをしている、執着を捨てよと言っているのでは?

という上田氏の問いに対して、猊下

僧侶が衆生を救うことに執着せざるならば、何の役に立とう

という言葉をもって答えます。「持つべき執着と、持たざる執着がある」と。

知恵と慈愛をもって情熱的に答えるダライ・ラマに対し、それに比較して…と上田氏が憂うのは、日本の高僧たちの「ダライ・ラマ」に対する敬意ではなく、アイコンとしての扱い。日本人らしい「執着」の形だなあと感じてしまうわけです。

 

・日本人のアイデンティティと物質至上主義

この本のテーマにもなっている「利他主義」は実現するのか、という部分。実際に今の日本でも、「いい人」という人ほど、その犠牲になっている。優しい人はどんどんその優しさを利用されて剥奪される、という印象があります。

戦後の高度経済成長の波にのり、「経済成長という神」が居なくなった今、アイデンティティを取り戻すために何が必要なのか。ダライ・ラマは「本来持っている伝統と、ここまで成長してきたテクノロジーを融合されたら」と提案します。捉え方、見つけ方ガポジディブ(って、軽い言い方になっちゃいますが)。なぜそう言い切れるか、という部分もふくめてダライ・ラマが今まで経験してきた国を追われてからの時間の流れとチベットを思う気持ちが、「日本はまだまだやれる」という言葉に現れるのであれば、その言葉の重みを感じずにはいられない内容でした。

 

自国の民をそのままに、不本意にも亡命し、今も自国を憂いて世界を巡るこの智恵と慈愛にあふれたダライ・ラマの幼少期~青年期に俄然興味が湧き、ハインリヒ・ヒラ―の「セブン・イヤーズ・イン・チベット」も途中まで読んで本棚に放り込みっぱなしだったのを思い出して、また引っ張り出して読み始めています。

   

セブン・イヤーズ・イン・チベット―チベットの7年 (角川文庫ソフィア)

セブン・イヤーズ・イン・チベット―チベットの7年 (角川文庫ソフィア)